2020.10.05
妊娠希望中(不妊治療中)は働きながらの場合時間のやりくりがとても大変とよく伺います。時期によっては会社から残業や転勤を命じられることもあるでしょう。
残念ながら妊娠希望中(不妊治療中)に直接的に働き方の配慮を義務付ける法令はありませんが(2020年8月記事作成時)、「残業」や「転勤」を求められた場合、「拒否」はできるのでしょうか?
まず、雇用契約がどのようになっているかを確認しましょう。契約は口頭でも成立しますが、入社や契約更新の際に書面を交わす場合がほとんどです。パートや契約社員ですと、残業(所定外労働)がないことを前提とした契約であることがあります。
正社員であっても、入社の時点で時間限定の働き方をしたい旨を伝えている場合や、「限定正社員」として「時間や職務、勤務地限定の正社員」である場合などは、残業無しの文言が契約上にも盛り込まれていることがあります。そのような場合は、雇用契約に基づき、残業を拒否することができます。
しかしながら、パートや契約社員の場合も含め、多くは「残業が発生することを前提とした契約」です。入社の時などに「基本的に残業はない」などといわれていても、契約上は残業ありとなっていて、必要になった際に稼働してもらえるようにしてあることが多いです。こういった場合、会社は「残業命令」を出すことができます。基本的には、労働者は拒否することができません。
とはいえ、小さな子どものため、家族の介護のため、自身の体調不良のため、といった場合にまで拒否できないかといえばそうではありません。このような、一般的に見て正当な理由のある残業拒否であれば、法律的観点からも認められます。また、よほどのブラック企業でない限り、そのような理由による残業拒否に対し、強硬姿勢で臨む(無理やり働かせたり懲戒処分を行ったりする)ことはないでしょう。
では、「妊娠希望(不妊治療)」を理由とした場合は、どうでしょうか。単発ならば、持病の通院などとして、「すいません、ちょっと今日は・・」と定時で退勤することは大きな問題にはならないでしょう。問題は通院が頻発するときや、治療の観点から一定の休息が必要になったときにどうするか、ということになります。
残業ありきで毎日が動いている環境ですと、通院や所用による定時退勤が頻発した場合に、詳しい状況の説明を求められる可能性が高くなります。日々の業務に関する人繰りの問題もありますし、固定残業代制である場合などは、他社員との公平性の問題もでてきます。会社と良好な関係を続けていくためにも、不妊治療中であることを伝え、業務量の調整等を打診することが得策といえるでしょう。
不利益な扱いを受けるなどの例もありますが、そういった扱いをするような会社であれば、今後妊娠・出産・育児といった次のステップにおいても同じような扱いを受ける可能性が非常に高いといえます。早めに見極めるという目的もかねて、会社(上司など)と話し合いを行うことがよいのではないでしょうか。
その際、固定残業代制が適用されているのであれば、その制度から外れることは致し方ないといえます。
最近では減りましたが、大企業などでは「総合職」と「一般職」に分けられ、職務や勤務地が無限定な「総合職」に対して、「一般職」は主に労働集約的な業務を担い、職務や異動が限定されている場合があります。
この場合、「一般職では、居住地の変更を伴うような転勤は行われない」などという規定が就業規則にあるとすれば、その規定を根拠に転勤を拒否することが可能です。パートや契約社員であれば、勤務地限定の契約であることも多く、同じくそれを根拠に転勤を拒否することができます。
しかしながら、残業と同様、転勤についても、雇用契約書や就業規則に、部署異動や勤務地の変更を命じることができる旨の記載があることが多く、それをもとに会社が転勤命令を出した場合は、基本的には拒否することができません。妊娠中・育児中などであれば、マタニティーハラスメントとして転勤命令が違法とされる可能性がありますが、妊娠希望(不妊治療中)について直接的に転勤を制限する法律はありません。解雇に対する規制が厳しい代わりに、無限定で働くことが求められているのです。
ここ数年は、転勤そのものの存在意義を見直す動きがでてきています。夫婦ともに正社員というスタイルが一般的なものとなり、転勤が男女どちらかの(多くは女性側の)キャリア形成を阻害しているとして、社会問題化しているからです。とはいえ、やはり会社に転勤命令をだす権限がある場合は、よほどの理由が無い限りは拒否することができず、拒否した場合は懲戒処分につながるケースもあります。
「よほどの理由」というのは、明らかな報復措置と認められる転勤命令や、障害を持つ家族のケアに大きな支障がでる場合など、一般的な感覚よりも狭い範囲です。自分または配偶者が妊娠希望(不妊治療中)という理由だけでは、転勤拒否は難しいといえるでしょう。もちろん、上司などへ状況を丁寧に説明し、転勤を回避できないかどうか交渉することは全く問題ありません。
※残業についての内容は、36協定があり、その範囲内での残業を前提としています。
《 監修 》
木幡 徹(こはた とおる) 社会保険労務士
1983年北海道生まれ。大企業向け社労士法人で外部専門家として培った知見を活かし、就業規則整備・人事制度構築・労務手続きフロー確立など、労務管理全般を組織内から整える。スタートアップ企業の体制構築やIPO準備のサポートを主力とし、企業側・労働者側のどちらにも偏らない分析とアドバイスを行う。
▶HP https://fe-labor-research.com/