【Vol.02前編】「 妊娠後骨粗しょう症 」ってどんな病気? この腰の痛み、ぎっくり腰じゃないかも?【医師インタビュー記事】

2024.08.28

7

【監修】産婦人科医:善方裕美先生(よしかた産婦人科)

骨がもろくなって骨折しやすくなる「骨粗しょう症」。

高齢の方に多いイメージですが、妊娠後期、産後の授乳期の女性にみられる「妊娠後骨粗しょう症」が近年増加しているといわれています。
具体的にどのような症状が出て、どのような治療が行われるのでしょうか。
 
「妊娠後骨粗しょう症」の啓発に力を入れている産婦人科医の善方裕美先生にお聞きしました。
 

〈善方裕美先生:妊娠後骨粗しょう症について産婦人科医の立場から啓発を続けています〉

骨代謝が速くなる授乳期に背骨の圧迫骨折が起こる

 

――妊娠後骨粗しょう症とは、どのような病気なのでしょうか?

 

善方

妊娠後期から産後の授乳中に突然脊椎(主に腰椎)の多発骨折が起きるものです。
腰や背中の強い痛みを感じて、歩けなくなったり動けなくなったりした状態で整形外科を訪れ、MRI検査をして発見されることが多いです。
50年くらい前から報告されていた疾患ですが、最近になって、社会的な背景の変化などもあり、発症数が増えているともいわれ、注意が必要になってきています。

 

――なぜ妊娠後に骨折が起きるのでしょうか?

 

善方

実はまだはっきりした原因は分かっていません。
産後は女性ホルモンのバランスが変わって、エストロゲンが急激に減るので、すべての産後女性にとって骨密度が減りやすくなるのですが、「妊娠後骨粗しょう症」の多発脊椎骨折を起こす方はごくまれです。
 
一般的に、産後に母乳をあげる授乳期は、古い骨を壊して、新しい骨を作る「骨代謝」が通常よりも速くなります。
母乳を通じてカルシウムを赤ちゃんにあげるので、骨を溶かす「骨吸収」がどんどん行われる一方、骨を作る「骨形成」もスピードアップします。
 
そんな中で、カルシウム摂取の必要性が上がるのですが、しっかり摂取できていないと骨形成が追い付かず、一気に骨密度が減少します。
その他にも、元々の骨密度が低い、ステロイド治療をしていたなど複合的な要因が重なって、骨が折れやすくなり脊椎の圧迫骨折が起きるのではないかと考えられています。

 

――特にどんな人がなりやすい傾向にありますか?

 

善方

いろいろな因子が絡んでいると思われますが、生まれながらに骨細胞の機能異常がある人なのではないかといわれています。
ただ、妊娠前に骨の異常がみられなければあえて検査もしないでしょうし、前もって対策するのは難しいですね。
もうひとつ大きい要素としては、低栄養低体重の方、いわゆる「痩せ妊婦さん」です。

 

 

――妊娠中は、太り過ぎにも注意しなければなりませんが、痩せているのも良くないのですね。

 

善方

そうです。
低栄養低体重については骨のことを考えると、思春期の頃から、将来の妊娠のために対策をしていただきたいです。
というのも、骨密度は、赤ちゃんからどんどん成長していき、思春期に一気に増加し、20~35歳ごろが最も高くなります。
その後は次第に落ちていき、女性の場合は閉経を境にぐっと下がります。

 

――加齢による骨粗しょう症が増えるのが、この年代ですね。

 

善方

そうなんです。
骨密度のグラフと女性ホルモンの増減のグラフはほとんど同じ形をしていることからも分かるように、女性ホルモンであるエストロゲンの増減が骨密度には大きく影響します。
エストロゲンは骨を保護して溶けにくくするはたらきをしているので、エストロゲンが減少すると、骨が溶ける「骨吸収」が速くなってしまうのです。
閉経後に骨粗しょう症に気をつけなければならないのはそのためです。

 
図:骨粗しょう症発生率

「妊娠後骨粗しょう症」かもと思ったら、すぐに受診を

 

――どのような症状がみられたら、妊娠後骨粗しょう症を疑った方がいいですか?

 

善方

腰の痛みを感じて、湿布を貼って1、2日様子を見ても治らないようなら整形外科に行ってほしいです。
ただ、全ての医師が妊娠後骨粗しょう症について知っているとは限りません。
腰の痛みを訴えて受診すればX線検査はしてもらえると思いますが、X線検査では腰椎の骨折が特定できないこともあります。
自分で「もしかしたら」と思ったら、妊娠後骨粗しょう症の可能性を話して、MRIを撮ってもらってください。
また、骨密度も同時に測定してもらえると良いですね。

 

――整形外科の医師が妊娠後骨粗しょう症を知らないこともあるのですね。

 

善方

そうなんです。
最近では少しずつ認知が広まっていますが、骨粗しょう症のことは知っていても、妊娠後骨粗しょう症は知らない整形外科医もまだ少なくないと思います。
なので、よしかた産婦人科のホームページ内の「妊娠後骨粗しょう症」のページに、適切な診断を受けるための「お願いカード」を作りました。
自分で医師に言いづらいときはこのカードを使ってほしいです。

 

📖よしかた産婦人科医ホームページ内「妊娠後骨粗しょう症」専門サイト
https://plo-patient-association.jimdofree.com/

 
 

――産後は普通にしていても体のあちこちに痛みが出るものですし、慣れない育児で腰を痛めることもあり、妊娠後骨粗しょう症とは気付きにくそうですね。

 

善方

そうですよね。
赤ちゃん優先になって自分の体のことは我慢してしまうお母さんも多いと思います。
ですが、妊娠後骨粗しょう症に関しては「痛みがひどいな」と思ったらすぐに診察を受けてください。
妊娠後骨粗しょう症の怖いところは、短時間で骨折の連鎖が起きることです。
特に腰椎は圧迫骨折でつぶれてしまうと元に戻せません。
骨折すると背中が丸まったままになってしまいます。

 

――そうなんですね!では、妊娠後骨粗しょう症だと分かったらどのような治療を受けるのでしょうか?

 

善方

まだ「これが妊娠後骨粗しょう症の標準治療」というものは確立されていないのですが、まずは断乳をして骨を溶かす骨吸収をいったん抑えます。
それからテリパラチドなどの骨形成促進剤を自己注射してもらいます。
一度折れてしまったところは戻らないのですが、とにかくそれ以上折れるのをストップするのが最優先です。

 


〈できるだけ早い診断と治療開始が何より重要に〉
 
 

――腰椎が折れてしまったら、歩くのもままならなくなるのでしょうか?

 

善方

どの程度骨折が進んでいるのかにもよりますが、整形外科でコルセットを作成していただき、骨折が治癒するまでは安静が必要です。
妊娠後骨粗しょう症の患者さんを診ていてつらいのが、育児ができなくなってしまうことです。
わが子を抱っこできないし、歩くのが難しいと一緒に散歩に行くこともできなくて、楽しそうに遊んでいる親子を見ると苦しい気持ちになってしまうという方もいらっしゃいます。
骨折の治癒が確認できたら、理学療法士のサポートでリハビリを続けてもらいながら、今できる育児の方法を探っていったり、育児ができない苦しい思いを聞いたりするのは、産婦人科でないと難しいので、治療は整形外科とリハビリ、産婦人科が協力しながら進めていく必要があります。
少しずつリハビリの成果が出てきた患者さんから「最近は子どもと公園に行けるようになりました」と報告を受けると、とてもうれしいですね。

 

――妊娠後骨粗しょう症になってしまったら、その後の妊娠・出産は難しいのですよね?

 

善方

そうとは限りません。
リハビリを受けて、少しずつ気持ちや体力が回復してくると、やはり「もう1人子どもがほしい」となる患者さんもいて、1人目で妊娠後骨粗しょう症になった後、2人目を出産された方は何人もいますよ。
今まで私が拝見した患者様で、2人目で再骨折が起きた方はいないです。
骨粗しょう症の薬による治療や生活のフォローアップを続けて、骨密度も上げた状態で妊娠、その後も慎重に経過観察をしながら、オーダーメイドの治療、管理を行います。

授乳期は骨の質を良くするチャンスでもある

 

――妊娠後骨粗しょう症だと分かったら、授乳はすぐにやめなければならないのですね。

 

善方

骨折が起きているのが分かった急性期には断乳が治療の第一歩になります。
ただ、まだ骨折が起きていないけれど、測定したら骨密度が低いと分かり、妊娠後骨粗しょう症が起きる危険性があるという方や、骨折後から時間が経過して骨折部位が治癒している陳旧性骨折については、授乳中でもすぐに断乳とはしません。
出産前に分かった場合も、産後母乳を与えて構いません。
医師によって考え方が違うかもしれませんが、授乳を行うことのお母さんと赤ちゃんへのメリットはとても大きいと思うので、お母さんとよく話し合って慎重に判断します。
お母さんの将来の骨のことを考えても、授乳は大事です。

 

――授乳は骨にはどんないい点があるのでしょうか?

 

善方

そもそも授乳経験がまったくない人よりも授乳経験のある人の方が更年期以降の大腿骨骨折リスクが少ないといわれています。
授乳中は骨代謝が速くなって、溶けるスピードが速くなる一方、形成するスピードも速くなります。
だからこそ、授乳期にたくさんカルシウムやビタミンK、ビタミンDを取って、運動をすると良好な骨代謝にすることができるのです。
授乳中、しっかり栄養摂取、体重減少しないように心掛けていれば、一時的に骨密度が減少しても、授乳1年で妊娠前に戻り、卒乳後は妊娠前よりも骨強度が上がると考えられています。
骨密度に自信がない人には、新陳代謝のあがる授乳期は骨を入れ替えるチャンスだと思ってほしいです。

今回の記事のまとめ

授乳期に強い腰の痛みを感じたら「妊娠後骨粗しょう症」を疑って!

腰椎の多発骨折が妊娠後骨粗しょう症の症状。
症状の進行が速いので、「おかしいな」と思ったらすぐに整形外科の受診を。
妊娠後骨粗しょう症になるのは、さまざまな要因が考えられますが、妊娠前からの適切な体格が必要です(プレコンセプションケア)。
低体重低栄養で痩せていると、危険度が増すといわれています。

 

 



〈『はぐふる』で別記事監修も担当いただいている井畑穣(いはた・ゆたか)先生とともに〉

《 監修 》

  • 善方 裕美(よしかた ひろみ)産婦人科医

    よしかた産婦人科院長・横浜市立大学産婦人科客員准教授
    日本産科婦人科学会専門医、日本女性医学学会認定女性ヘルスケア専門医、日本骨粗鬆症学会 認定医・評議員、
    妊娠・出産のみならず、長年更年期女性の治療も行うなど、生涯にわたる女性のヘルスケアを専門とする。
    厚生労働省のスマートライフプロジェクト「骨活」監修【HP
    近年増加傾向にあるとされる「妊娠後骨粗しょう症」啓発プロジェクトの発起人。
    ▶HP https://www.yoshikata.or.jp/ よしかた産婦人科
     
     

    【本サイトの記事について】
    本サイトに掲載されている記事・写真・イラスト等のコンテンツの無断転載を禁じます。 Unauthorized copying prohibited.
    登場する固有名詞や特定の事例は、実在する人物、企業、団体とは関係ありません。インタビュー記事は取材に基づき作成しています。
    また、記事本文に記載のある製品名や固有名詞(他企業が持つ一部の商標)については、(®、™)の表示がない場合がありますので、その点をご理解ください。

この記事は役に立ちましたか?

ありがとうございます!フィードバックが送信されました。