2023.01.21
お母さんや赤ちゃんに対する産後の処置は、お産する施設の考え方によって多少異なります。
昔からの考え方では、赤ちゃんが生まれたらすぐにお母さんから離し、産湯を済ませてお母さんの元に戻すのが一般的でしたが、世界保健機構(WHO)が2018年に推奨した『ポジティブな出産体験のための分娩期ケア』に沿っている施設では、沐浴をすぐに行わず、「出生直後1時間は肌と肌をじかに合わせた状態で過ごすこと」という肌と肌の触れ合い(skin-to-skin contact:STSC)を重視して、出生後すぐにお母さんと赤ちゃんを離して処置をするということはありません。
これらの考え方には異論もありますので、分娩なさる施設でのやり方に合わせていただくのが良いと思います。
今回は、施設間の違いがあることも踏まえながら、一般的に行われる出産直後の医療処置をご説明させていただきます。
赤ちゃんが出たら分娩は終わり、ではありません。
胎盤が出て分娩終了です。
胎盤の娩出のことを後産というくらいです。
胎盤は赤ちゃん出生後すぐに出ることもありますが、出るまでに30分以上かかることもあります。
赤ちゃんと胎盤をつなぐ「へその緒(臍帯)」を切るタイミングは施設によって異なります。
赤ちゃんが出たらすぐに切断するところもありますが、WHOの提言に沿って最低でも1分以上待ち、臍帯の拍動が少なくなってから切るところが多いです。
もちろん赤ちゃんの状態が何より優先しますので、すぐに赤ちゃんに処置をした方が良い場合には医療者側ですぐに切って処置を急ぎます。
赤ちゃんが産声を上げ、元気であることが確認できれば、臍帯の切断を急ぐ必要はありません。
胎盤が出るまで臍帯は切らないという施設もあります。
臍帯の切り方は、鉗子などで2箇所を挟んでその間を専用のハサミで切ります。
赤ちゃん側の断端は臍帯クリップという専用のクリップを使う所が多く、臍帯の脱落までそのままにします。
海外では夫やお母さん本人がへその緒を切る習慣の国が多いのですが、日本ではまだ医療者側が切る施設が多く、日本産婦人科医会でも「臍帯切断は医療行為なので原則として医療者が行う」という見解を出しています。
しかし、家族が切る場合について、「医師の責任で家族の十分な理解を得て行うべき」とも述べており、家族が切るのが違法であるとはされていません。
これも出産する施設によってかなり変わりますので、バースプランを決めるときに良く相談しましょう
胎盤は自然に出るのを待つのが一般的で最も安全なのですが、胎盤が出て子宮がきちんと収縮するまで出血は止まりませんので大量出血などの経過によっては、胎盤を出すためにへその緒を牽引することや、直接手で取り出す用手剥離などの医療行為が必要なことがあります。
問題がなければ急ぐ必要はなく、無理に早く出すことは推奨されていません。
無理に出すことで、非常にまれですが「子宮内反」という子宮が裏返る状態になってしまうことがあり、最悪の場合は緊急手術が必要になります。
子宮内反の原因はへその緒の牽引や用手剥離が原因の全てではありません。
むしろ胎盤の癒着が背景にあるケースが多く、癒着胎盤であれば何もせずに普通に胎盤が出ることは難しいでしょう。
いずれにせよ胎盤が出るまでがお産なのだということを認識しましょう。
会陰切開を行った場合は、局所麻酔をして切開部分を縫合します。出産中に会陰に裂傷ができた場合も同様に縫合します。
助産院などでは縫合をせずに、クリップで止めて治癒を待つこともあります。
傷の多くは3日ほどでふさがりますのでその頃には抜糸することが可能です。
多くの施設で縫合には吸収糸という溶ける糸を使いますので、抜糸不要なこともあります。
しかし抜糸しないと痛みが続く場合もありますので痛い場合には分娩施設と相談してください。
胎盤には無数の毛細血管が血液を送っていたのですから、胎盤が剥がれるということは無数の毛細血管が一度に切れることになります。
人には止血のためのシステムが備わっていますが、胎盤が剥がれるような大出血の場合には通常のシステムで止血することはできません。
実際には子宮が急激に収縮することで、切れた毛細血管を物理的に閉ざして大出血を回避します。
収縮が不良な場合は大量に出血する可能性があり、大量出血すれば止血機構も働かなくなるという悪循環に陥ります。
通常の分娩では、予防的に子宮収縮剤を点滴や筋肉注射、内服などで投与することが多いです。
これらの処置が終わったら身体をきれいに拭いてもらい、分娩室や入院室などで約2時間、ベッドの上でゆっくり休みます。
出生してすぐに自発呼吸があり、羊水の混濁もない状態で元気に生まれてきた赤ちゃんについては、特に処置は必要なく、保温に留意しながら肌と肌を触れ合わせる状態で過ごすことが推奨されています。
特に問題ない赤ちゃんでも、何らかの理由で呼吸がうまくいかなくなる可能性はあります。
お母さんが抱っこしていると、たいていの赤ちゃんは落ち着いて泣き叫ぶことはなくなりますので、呼吸がうまくいかなくなった場合にそれを見逃してしまう危険性があります。
そこで、分娩直後は血中の酸素飽和度(サチュレーション)のモニターを付けてSTSCをしている間の元気さをモニタリングすることが一般的です。
鼻や口、喉に羊水や血液などが残っていると赤ちゃんがスムーズに呼吸することができません。
そのため、出生後すぐに細い管を挿入してそれらを吸い取り、余分なものを取り除いた方が良い場合もあります。
新生児の皮膚色、心拍数、反射、筋緊張、呼吸の5項目について点数化し新生児の状態の評価とします。
1分後、5分後にとるのが一般的で、特に5分値は新生児のその後の経過に関連するとされています。
このとき、心雑音や肺雑音の有無についても確認します。
2500g未満の低出生体重児や、お母さんが妊娠糖尿病であった場合など、新生児が低血糖発作を起こすリスクが高いため、血糖値を確認します。
産道を通るときに細菌が目に入ってしまうと新生児結膜炎(しんせいじけつまくえん)になる可能性があります。
これを予防するために、生まれてすぐに抗生剤の点眼を行うのが一般的ですが、施設によっては症状が出るまでは不要としているところもあります。
ビタミンKは止血機構に大切な役割を果たすもので、含まれた食物を取るか、腸内細菌がつくるかして体に取り込まれます。
新生児はビタミンK欠乏症による出血を起こしやすく、特に頭蓋内出血が起きると命に関わる可能性や後遺症が残る可能性があります。
ビタミンKは胎盤をほとんど通過しないので、妊娠中にお母さんがたくさん摂取しても足りなくなるのは変わりありません。
(もちろん最初から足りないよりは良いので、妊娠中はビタミンKを積極的に取るべきです。)
日本では出生後にビタミンKのシロップを投与することが推奨されています。
生まれてすぐの赤ちゃんは肛門に体温計を挿入して直腸の温度を計ります。
出生直後は37.5~38度とやや高めですが、4時間程度で36~37度に落ち着きます。
計測をしながら、膝や股関節を動かして、先天的な股関節脱臼(こかんせつだっきゅう)がないかチェックします。
手や足の指、外性器を触診して異常がないかを確認し、原始反射や異常反射の有無を調べます。
原始反射とは、自分からおっぱいを吸おうとする哺乳反射や手のひらに触れた指を握ろうとする把握反射などが有名です。
▼産後のお母さんについては下記の記事から確認しよう
《 監修 》
井畑 穰(いはた ゆたか) 産婦人科医
よしかた産婦人科診療部長。日本産婦人科学会専門医、婦人科腫瘍専門医。東北大学卒業。横浜市立大学附属病院、神奈川県立がんセンター、横浜市立大学附属総合周産期母子医療センター、横浜労災病院などを経て現職。常に丁寧で真摯な診察を目指している。
▶HP https://www.yoshikata.or.jp/ よしかた産婦人科