2021.11.02
マタニティブルーと呼ばれる気持ちの変化は、実はほとんどの人が大なり小なり経験することです。
出産後のお母さんは、体だけでなく心もとてもデリケートな状態です。そのため、精神的に不安定になるのは、決して特別なことではありません。
一方、マタニティブルーと症状は似ていますが、より注意が必要なのは「産後うつ」です。
産後うつは病気の1つであり、放っておくと症状が悪化したり、完治までに長期間かかったりすることがあります。
マタニティブルーもパタニティブルーも産後うつも、自分ではまったく気付かないうちに悪化することがほとんどです。
心の不調は、周囲の人には気付きにくいものです。
どんな症状が出やすいのか、どのようなときに病気の可能性があるのかなどを知っておき、思い当たる症状が出たら、早い段階で周囲の人にSOSを出してサポートをしてもらいましょう。
また多くの産婦人科で、産後2週間健診として心の健康についてのチェックシートを使って産後うつなどの早期発見に努めています。
・なりやすい時期
産後2~5日目くらいをピークに症状が出ます。
短い人だと1日で治まることもありますが、通常10日くらいで改善してきます。
・症状
情緒が不安定になり、特に理由がないのに気持ちが沈んだりイライラしたり、急に涙が出たりします。
症状には個人差があり、中にはほとんど普段と変わらない人もいます。
・原因
マタニティブルーには、産後のホルモンの変化が大きく関係しています。
出産後は、妊娠中に分泌されていた胎児(たいじ)や母体(ぼたい)を守るためのホルモンが急に減少し、母乳を出すためのホルモンが分泌されるようになります。
この急激なホルモンの変化が、脳の感情の動きをコントロールする部位に影響して、さまざまな症状を引き起こすと考えられます。
また、慣れない育児による疲れや寝不足、育児へのプレッシャーなどもマタニティブルーの症状を強める要因になります。
・対処法
ホルモンの変化による一時的な症状であることをきちんと知って「今はこういう時期なのだな」と受け入れることが気持ちを落ち着かせる第一歩です。
出産後は、自分の体と心を回復させることもお母さんの大事な務めです。育児も家事も、頑張り過ぎないで。
家族と協力して、できるだけゆったりと過ごすようにしましょう。
ママ友や先輩ママなどに話を聞いてもらうと、気持ちが軽くなることもあります。
・なりやすい時期
産後2~3週間に発症しやすいとされています。
マタニティブルーは、通常、産後10日くらいで治まりますが、2~3週間を過ぎても気持ちの落ち込みが治らない場合は、産後うつの可能性があります。
・症状
不安感や罪悪感のほか、集中力や気力がなくなる、疲れているのに眠れないなど、心の不調に起因するさまざまな症状があります。
今までできていた赤ちゃんのお世話ができなくなったり、「わが子をかわいいと思えない」という悩みを持ったりすることもあります。
中には、自殺願望を持ってしまったり、赤ちゃんを傷つける行動に出てしまったりする人もいます。
・原因
ホルモンバランスの変化に加え、育児も家事も完璧にしなければいけないという責任感や緊張感によるストレス、頑張り過ぎなどにより、心も体もオーバーヒートすることで発症します。
・対処法
産後うつは、産婦の10~15%に見られる決して少ないとは言えない心の病気です。
ただし、マタニティブルーと区別がつきにくかったり、お母さん自身に病気の自覚がなかったりして、病気が進行してしまうことがあります。
産後うつが疑われる症状が出たら、早い段階で専門家に相談しましょう。
心療内科や精神科で薬やカウンセリングによる治療を受けるのが有効ですが、どこを受診したらいいか分からない、受診に抵抗感があるなどの場合は、自治体の相談窓口や子育て支援センターなどをまず訪ねてみましょう。
家族や周囲の人の力を借りたり、育児支援をしてくれる施設を利用したりして、赤ちゃんと離れた自分1人の時間を持つことも、産後うつの改善につながります。
過去7日間のうちに、以下のような感情におそわれたことがないかをチェックしてみましょう。5つ以上にチェックがついた場合は、専門家に相談するなど注意が必要です。
1)やらなければいけないことがいっぱいあるのにやる気が出ない
2)育児がきちんとできないことが情けない気持ちになる
3)前から好きだったことでも、今はやりたい気持ちにならない
4)人と話す気になれず、メールやSNSもおっくうである
5)ささいなことで悲しくなったり腹立たしくなったりする
6)いら立って子どもや家族に強く当たってしまう
7)体が疲れているのに眠れない
8)思い当たる理由はないのに体調がすぐれない
9)いつも憂鬱な気分が晴れない
10)はっきりとした理由もなく不安になるし、怖くなる
お父さんがマタニティブルーに似た症状になる「パタニティブルー」も問題視されるようになってきました。
多くが真面目で良いお父さんに起こりがちで、責任感や育児参加したくてもなかなかできないことへの焦りなどから心が折れてしまう、また、経済的な問題に直面し、将来への不安のために無気力になってしまうなど、さまざまなケースがあります。
マタニティブルーのようにホルモンの変化などがあるわけではなく、まだ定義も明確ではないためかえって見過ごされがちですが、マタニティブルーと同様にやる気がなくなり、不眠や体調不良が出現するなど「心の健康」が失われた状態になります。
結果として育児参加をまったくしなくなったり、家になかなか帰らなくなったりするケースもあります。
また、うつに発展してしまう可能性もありますので、安直に対応するのはよくありません。
お父さんにできることを明確にし、できる範囲でしっかりと育児参加してもらい、不慣れでもけなしたりせず、手助けしてくれたことにありがとうの気持ちを示すなどすれば、もともと育児に積極的なお父さんなのですから、きっと大切な戦力になってくれますし、赤ちゃんにとっても必ずプラスになります。
赤ちゃんを迎えた新しい生活はうれしいものです。
でも実際に育児を始めると、今まで経験したことがないことの連続で、肉体的にも精神的にも産む前には想像できないくらい大変です。
体も心も「疲れたら休む」が基本です。
「つらいな」と感じたら1人で我慢せず、パートナーや周囲の人と一緒に乗り越えましょう。
周りに頼らないで育てるのが良いお母さん、お父さんではありません。
赤ちゃん自身のためにも、家族や友人に相談をし、産婦人科などの病院で気兼ねなく相談してみましょう。
《 監修 》
井畑 穰(いはた ゆたか) 産婦人科医
よしかた産婦人科診療部長。日本産婦人科学会専門医、婦人科腫瘍専門医。東北大学卒業。横浜市立大学附属病院、神奈川県立がんセンター、横浜市立大学附属総合周産期母子医療センター、横浜労災病院などを経て現職。常に丁寧で真摯な診察を目指している。
▶HP https://www.yoshikata.or.jp/ よしかた産婦人科