2023.04.07
立ちくらみや息切れ、立ち仕事の最中に立っていられなくなる、などの症状を思い浮かべる方がほとんどだと思います。
貧血とは文字から言えば「血が足りなくなること」や「血が薄くなること」ですが、昔から「脳貧血」という言葉があり、脳に行く血液が足りなくなったときの症状を「貧血」と呼ぶことがあります。
あまり医学的な言い方ではありませんが、むしろこちらの方が一般的かもしれません。
この脳貧血の場合、血が失われたわけでもなければ血が薄くなったわけでもなく、脳まで行くべき血液が足りなくなった状況で、医学的には「低血圧」に近い状態です。
血液の働きは体に酸素を運ぶことですので、体で最も大切な脳への酸素供給が足りなくなると調子がおかしくなります。
長時間の立ち仕事でくらっとしてしまう、電車で立っていて気を失ってしまうなどを「貧血」と呼びますが、脳に行く血液が足りないだけで、血液全体の量が足りないわけではないこともあります。
こちらの貧血への対処は、症状が出るような状況にならないように気をつけるしかありません。
通勤ならフレックスタイム制にするとか、立ち仕事での休憩を多めに取るとか、そういう対処が有効です。
もう一つの「貧血」は実際に血が薄い場合であり、多くは鉄欠乏性貧血といって鉄が足りないために起こります。
女性の場合、妊娠前から毎月の生理がありますので、生理で鉄が失われた結果として鉄欠乏性貧血になりやすい傾向があります。
妊娠した場合は自分の鉄分とは別に、さらに赤ちゃんへの鉄分の供給も必要になります。
また、妊娠すると体に水分を蓄えるような自然のメカニズムがあるのですが、その結果血液が薄くなりがちです。
これが「鉄欠乏性貧血」であり、治療としては鉄分の補給になります。
もともと女性は貧血症状に慣れている方が多く、程度が軽いうちは自覚症状も出にくいので、つい「貧血くらい」と軽く考えてしまいがちです。
でも、妊娠中の貧血は、ひどくなるとお母さんにもおなかの赤ちゃんにも影響を与えるので油断はできません。
今回はこの鉄欠乏性貧血についてご説明します。
血液の成分のうち、赤血球が酸素を運びます。
さらに詳しく言えば、酸素は赤血球の中のヘモグロビンという物質に結びついて運ばれます。
赤血球がトラックで、ヘモグロビンはその荷台で酸素を乗せて運んでいるイメージとして説明します。
酸素をたくさん運ぶためにはトラックがたくさんあれば良いのですが、トラックの荷台が半分のサイズしかないと、運ぶ量も半分になります。
ヘモグロビン量が少ない場合がそれに当たります。
赤血球数(トラック)とヘモグロビン量(荷台)の2つで血液の酸素運搬能力が決まると思ってください。
ヘモグロビンは鉄とタンパク質で作られますので、体内の鉄が不足すると血液中のヘモグロビンも足りなくなります。
これが鉄欠乏性貧血です。
血液の酸素を運ぶ能力が減ってしまうと、体はもっとたくさんの酸素を必要としますので、もっとたくさん運ぶように心臓に命令します。
その結果、心拍数が高まり動悸がするようになり、ちょっとした運動でも酸素不足になって息切れを起こします。
妊娠中は、増加した血液の分だけでなく、おなかの赤ちゃんの分も鉄が必要です。
鉄の需要は赤ちゃんの成長につれて増加し、妊娠中期から後期になると妊娠初期の約2倍が必要になるとされています。
その際、お母さんの体に蓄えられていた鉄は、おなかの赤ちゃんに運ばれることになり、お母さんは貧血になったり貧血がひどくなったりする恐れがあります。
貧血と診断されても軽度の場合は自覚症状がないことが少なくありません。
しかし、ひどくなると動悸や息切れ、めまい、頭痛などの自覚症状が出ることがあります。
さらに重度になると、体力が低下して分娩が長引いたり産後の回復が遅れたりします。
また、お母さんが重度の貧血だと、おなかの赤ちゃんに十分な酸素が供給されず、発育不全になる危険もあります。
鉄欠乏性貧血を予防するためには、毎日の食事で意識して鉄分を摂取することが大事です。
鉄には動物性食品に多く含まれるヘム鉄と植物性食品に多く含まれる非ヘム鉄があり、体での吸収率はヘム鉄が10~20%なのに対し非ヘム鉄は2~5%と大きく異なっています。
ただし、吸収率が低い非ヘム鉄もタンパク質やビタミンCと一緒に接種すると吸収率がアップすることが分かっています。
また、赤血球を作るためには、葉酸やビタミンB12も必要です。
貧血の予防だけでなく、軽度の貧血は、多くの場合食生活を見直すことで改善されます。
上手に鉄を摂取できるよう食品の組み合わせを工夫して、バランスの良い食生活を心がけましょう。
※レバーは、妊娠初期に食べ過ぎるとビタミンAの過剰摂取になり、おなかの赤ちゃんの先天異常の発生率が上がるという意見もあります。
💊食事は貧血が改善しなかった場合や最初から重度の貧血であれば、鉄剤が処方されます。
鉄剤は服用すると胃や十二指腸を刺激し、吐き気や嘔吐、便秘、下痢などの症状が出ることがあります。
鉄剤の種類を変えると症状が出にくくなることもありますので、症状がひどい場合には必ず主治医に相談しましょう。
💊病院で処方される鉄剤が服用できない場合、鉄分を強化したマルチビタミン剤を使うのも良い方法です。
ただ、強化しても処方の鉄剤よりは少ないため、貧血になる前から定期的にサプリメントを取る方法もあります。
💊妊娠中に不足しやすい成分を意識したマルチビタミン剤も販売されています。
妊娠中は鉄欠乏性貧血になりやすいですが、食生活に気をつけることで予防することができます。
また、軽度の貧血なら食生活を改善することで治ることも少なくありません。
特に自覚症状がなくても、自分自身とおなかの赤ちゃんのため、普段から鉄の摂取やバランスの良い食事を心がけましょう。
また、不安な症状や食生活などへの疑問があったら早めに主治医に相談してください。
《 監修 》
井畑 穰(いはた ゆたか) 産婦人科医
よしかた産婦人科診療部長。日本産婦人科学会専門医、婦人科腫瘍専門医。東北大学卒業。横浜市立大学附属病院、神奈川県立がんセンター、横浜市立大学附属総合周産期母子医療センター、横浜労災病院などを経て現職。常に丁寧で真摯な診察を目指している。
▶HP https://www.yoshikata.or.jp/ よしかた産婦人科